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オペラ「ランスへの旅」完全攻略ガイド②

【解説】

水谷彰良(日本ロッシーニ協会会長)

ジョアキーノ・ロッシーニ(1792-1868)はアドリア海に面したペーザロに生まれ、18歳で職業オペラ作曲家となった。1812年ミラノ・スカラ座で初演した《試金石》で脚光を浴び、続く《タンクレーディ》と《アルジェのイタリア女》(共に1813年)によりその名がイタリア全土に轟く。喜歌劇の名作《セビリャの理髪師》は23歳、《ラ・チェネレントラ》は24歳の作だから、早熟の天才と言って良いだろう。そんなロッシーニが《セミラーミデ》(1823年)を最後にイタリアでの活動に終止符を打ち、新たな活動拠点に選んだのが時代の最先端をゆくパリだった。フランス王家との契約はルイ18世の崩御でいったん宙に浮いたが、新王シャルル10世の誕生により1824年11月25日、王家との正式契約が結ばれた。パリ・デビュー作《ランスへの旅》がフランス王の戴冠を祝う機会作品となった理由もそこにある。

台本作家ルイージ・バローキがスタール夫人の小説『コリンヌ、またはイタリア』から想を得た筋書きは呆れるほど単純。ランスで行われるシャルル10世の戴冠式に参列しようと各国名士がプロンビエールの温泉宿に集まるが、馬を調達できないと知って皆で大宴会を繰り広げる……ただそれだけ。シドニー卿がコリンナに恋心を抱き、リーベンスコフがメリベーア侯爵夫人の愛を射止めるエピソードはあっても、劇の目的は最高のオペラ歌手が一堂に会して新たな王の誕生を祝うことにある。登場人物18人、十四声のアンサンブルを持ち、フィナーレで各国の歌が披露される異例の構成もそのためだ。

初演は1825年 6月19日、王立イタリア劇場(ルーヴォア劇場)で行われ、パリ・オペラ座の40人のダンサーも花を添え、大成功を収めた。しかし、これを祝典カンタータとするロッシーニは合計4回の上演で楽譜を引き揚げ、主要楽曲を《オリー伯爵》に転用する。その結果、1984年8月18日にペーザロで蘇演されるまでの159年間、《ランスへの旅》は幻のオペラとなっていたが、その復活でベルカント復興が急速に進み、現在はロッシーニ歌手の登竜門としての上演が世界中で行われている。


【音楽】

全1幕は、次の9つのナンバーからなる。

第1曲

女中頭マッダレーナが使用人を急かすアンサンブルと宿の女将コルテーゼ夫人の技巧的なソロ「麗しい光に飾られ」で構成された導入曲。

第2曲

荷物が届かぬショックで失神したフォルヴィル伯爵夫人が目覚めて歌うアリア。出発できないと嘆く前半部と、帽子が届いた喜びを華麗に歌う後半部からなる。

第3曲

六重唱。ドン・アルヴァーロとリーベンスコフの確執がハープ伴奏のコリンナの歌(「優しい竪琴よ」)でなごみ、活力あるアンサンブルで閉じられる。

第4曲

難しいフルート独奏を伴うシドニー卿のシェーナとアリア。コリンナへの愛に苦しむ前半部と、農婦の合唱に力を得て彼女に永遠の愛を誓う後半部からなる。

第5曲

騎士ベルフィオーレに言い寄られたコリンナはひどい侮辱と腹をたてるが、ベルフィオーレは意に介さない(二重唱「かのお方の神々しい姿は」)。

第6曲

一行の所持品目録を作成するドン・プロフォンドによるパルランテ[言葉を並べ立てる形式]のアリア。それぞれの国民性や言語への風刺を交えて歌われる。

第7曲

馬が調達できぬ驚きの叫びで始まるアンサンブル。手紙が届き、伯爵夫人からパリに招待されて喜ぶ後半部では14人の歌手が華麗なアジリタ[敏捷な歌唱法]を駆使する。

第8曲

リーベンスコフから情熱的に求愛されたメリベーアはこれを拒む。けれども中間部で心が揺れ動いて陥落し、官能的な二重唱で愛の喜びを歌い上げる。

第9曲

華やかな合唱と乾杯の音頭に続いて、ハイドン作曲「皇帝賛歌」、英国国歌「神よ、王を守りたまえ」を含む各国の歌謡が歌われる。ハープ伴奏のコリンナの美しい即興歌を経て、伝統歌「アンリ4世万歳」のパラフレーズを全員で唱和し、幕を下ろす。


歌手たちがヨーロッパ諸国を代表し、愛と平和、協調を歌うこのオペラが、民族、人種、宗教の軋轢に苦しむ現代への強いメッセージとなることを願ってやみません。
(みずたに あきら/日本ロッシーニ協会会長)