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鑑賞のための予備知識③~初演

バーンスタインは、「ミサ」を「歌い手、奏者、ダンサーのためのシアター・ピース」として作曲しました。既成のオペラでもミュージカルでも宗教音楽でもない、総合芸術としての「シアター・ピース」。ラテン語のミサ典礼文に、バーンスタイン自身による英語の台本が付けられ、作詞にはスティーヴン・シュウォーツ(まだ20代前半であったが、既にマタイによる福音書に基づく宗教的ロックミュージカル「ゴッドスペル」を手掛けていました)も加わりました。

初演に際して、演出のゴードン・デイヴィッドソン、振り付けのアルヴィン・エイリー、舞台装置のオリヴァー・スミスなど、各ジャンルでの著名なスタッフが集いました。作品の手直しなどに追われるであろうバーンスタインは指揮を執らず、ニューヨーク・フィルでバーンスタインのアシスタントを務めたモーリス・ペレスが指揮を受け持ちました。
1971年8月、「キリエ」、「アレルヤ」、「クレド」をスタジオ録音。テープ音楽と生の演奏の“共演”は、シアター・ピースとして、新たな芸術空間を生み出すことになりました。

総勢200名以上に及ぶ初演は、1971年9月8日にケネディ・センターのオペラハウスで行われました。独唱者21名(司祭はアラン・タイタス)、ダンス20名強(ジュディス・ジェイミソンも参加)、少年合唱20名、子供のダンサー10名、ストリート・ミュージシャン32名、合唱団60名以上、ロック・バンド、ブラス・バンド(後にエンパイア・ブラスで知られる、若き日のロルフ・スメドヴィッグも参加)、そしてオーケストラ。

首都ワシントンの総合文化施設の杮落とし公演にもかかわらずニクソン大統領は、反戦的な内容を持つ作品ゆえ、初演に欠席しました。その施設の名称となった亡き元大統領の夫人、当時オナシス夫人であったジャクリーンも個人的理由で欠席。ジョン・F・ケネディの母親が主賓となり、エドワード・ケネディ上院議員夫妻、ワシントン市長夫妻、コープランド、バーンスタイン夫妻らが大統領用のボックス席に着きました。そして各国の大使や名士も出席しました。

初演は、聴衆に大きなショックを与えました。ある者は「この作品は神への冒涜だ」とまで言いました。初演後、ローマ・カトリック教会は、この「ミサ」を認めず、カトリック教会の影響の強い都市では上演予定がキャンセルされるところもありました。しかし、バーンスタイン死後の2000年、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世は、バチカンでのバーンスタインの「ミサ」の上演を実現したのでした。(山田治生)
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★7/14(金)・15(土) フェスティバルホール
バーンスタイン「ミサ」の公演情報はこちら

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