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大阪国際フェスティバル公式ブログ

鑑賞のための予備知識②~作品の成立、時代背景、テーマ

バーンスタインの「ミサ」は、ワシントンD.C.に新設された複合文化施設「ジョン・F・ケネディ・センター」からの委嘱に応えて、1971年9月のその杮落としのために作曲されました。

ユダヤ教徒であるバーンスタインがカトリックのミサに基づく作品を創った背景には、厳格なユダヤ教徒である父親の死(1969年4月30日)によって宗教的に解放され、権威的なニューヨーク・フィルのポストを離れて(1969年5月17日)政治的にも自由になったことがあげられます。バーンスタインが「ミサ」を書いても何の問題もなくなったのです。

ベトナム戦争が激化するなか、1969年1月に共和党のリチャード・ニクソンが就任。バーンスタインは1969年11月、ワシントンでの反戦運動に参加しました。バーンスタインの「ミサ」の民衆の合唱には、当時のデモなどで示された若者たちの平和への願いが反映されています。
また、1969年8月にウッドストックでは史上空前のロック・フェスティバルがひらかれました。当時のロックやフォーク・ソングの盛り上がりは、バーンスタインの「ミサ」にも音楽的に影響を与えました。実際、「ミサ」の歌詞には、サイモン&ガーファンクルで人気のあった、ポール・サイモンが提供した一節が含まれています。

バーンスタインの「ミサ」のテーマとしては、3つの側面があげられます。

まずは、宗教的なテーマ。バーンスタインがこの作品で描いているのは、「現代人の信仰の危機」です。彼は「悲しいことに、現代人は、もはや信仰とは何であるか分からなくなっている」と述べています。バーンスタイン自身も神に対する懐疑を抱いていました。交響曲第3番「カディッシュ」でも、「ミサ」でも、人間たちの困難な現状に何も応えてくれない神に対して、怒りに近い感情をぶつけます。そして、この「ミサ」では、既成の宗教的な権威へ異議を申し立てます。バーンスタインが最終的に目指すのは、権威によるのではなく、民衆一人ひとりによる、新たな信仰の構築なのです。

次に、政治的なテーマ。直接的にはベトナム反戦であり、平和の希求です。それは、ミサの典礼文にある「われわれに平和を与えたまえ(Dona nobis pacem)」に通じます。バーンスタインは、「ミサ」で、若者たちの平和への訴えを民衆の歌声に生かそうとします。そこには、ヒッピーやフラワー・チルドレンへの共感も表れているといえるでしょう。

そして、最後に音楽的なテーマ。本作は、ミサ曲(宗教音楽)に敢えてフォーク・ソングやロックやブルースを交えるだけでなく、無調性音楽やテープ音楽などを使用して、音楽のジャンルの垣根を取り払い、一つの作品として統合しようとするとする試みです。バーンスタインは、それに舞踊や演劇的要素も加えた総合芸術として「ミサ」を世に問おうとしました。

「ミサ」のクライマックスである聖体拝領で、会衆の大混乱のなか、司祭が聖杯を床に投げつけます。それは、カトリックの権威の崩壊を象徴するものであり、既成権威に対するプロテストの表れといえるでしょう(バーンスタインらしいセンセーショナルな演出ともいえます)。と同時に、会衆をまとめようとしてできなかった司祭の自らに対する絶望と危機的状況でも何もしてくれない神への失望を表しています。その行為は多義的であり、それをどう解釈するかは観客一人ひとりに任されます。本公演の演出の井上道義は、司祭をバーンスタインとして描くと述べています。井上がバーンスタイン自身の絶望や失望にどうアプローチするのか、興味が尽きません。(山田治生)
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★7/14(金)・15(土) フェスティバルホール
バーンスタイン「ミサ」の公演情報はこちら

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